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花の国の女王様は、『竜の子』な義弟に恋してる ~小さな思いが実るまでの八年間~
花の国の女王様は、『竜の子』な義弟に恋してる ~小さな思いが実るまでの八年間~
Author: 杵島 灯

1.花の国の王女、ジゼル

Author: 杵島 灯
last update Last Updated: 2025-05-24 14:02:36

 部屋に入ったジゼルは思い切り面食らった。

 もしもジゼルが、

「今まで生きてきた中で最も戸惑った出来事を挙げろ」

 と言われたら、ジゼルは「まさに今」と答えるだろう。

「ああ、来てくれたね、ジゼル」

 しかし父のピエールはジゼルの戸惑いに気づいていないのか、満面の笑みを浮かべて言う。

「ほら、ジゼル。この子がお前の弟だよ。とても可愛いだろう? 名前はね、ライナーだ」

 ジゼルのテーブルを挟んだ向かい、長椅子に座ったピエールがニコニコとしながら自身の右横を示す。ジゼルはその『弟』を三十秒の間きっかり見つめた後、父へ視線を戻した。

「……あの。お父様……」

「なにかな?」

「私がこの小国の王女として生を受けて、十四年が経ったのわ。お父様のことや、王族の務めに関することも、少しは理解できたと思っていたの」

「それはいいことだね」

「だけどたった今、その考えが傲慢だったってことをまざまざと思い知らされたわ」

 口からは思わず深いため息が漏れてしまったが、それも仕方のないことだ。

「少し質問をしてもよろしい?」

「もちろんだとも」

「私はつい今しがたまで、国王ピエールのたった一人の子であったと思うの。この認識は違っていたのかしら?」

「いいや、違わないよ。王女ジゼルは、王妃コリンヌが私に残してくれた宝物だ。唯一にして最高のね」

 臆面もなくそう言ったピエールが、ジゼルと同じ青い色の瞳を細める。頬に血が上るのを感じ、ジゼルは照れ隠しのために一度咳払いをした。

「そ、そう。では、この『弟』はどういうこと?」

 ジゼルはピエールに向けていた顔を、再びほんの少し左へ移動させる。そこでは先ほどと同じようにライナーが行儀よく“座っていた”。

 つまり、たったいま紹介されたばかりの『弟』は生まれたての赤子ではないのだ。

 外見からするとライナーは十歳ほどだろうか。少し癖のある短い髪は黒色で、瞳は眩いほどの黄金色をしている。ピエールはジゼル同様に金の髪と青い瞳なので、ライナーの髪も瞳も、相手の女性譲りの色かもしれない。

 ライナーの整った顔立ちは女の子のように愛らしく、着ている赤色の上下が良く似合った。しかしこの服は新品には見えないので、ピエールが子どもの頃に着ていたものなのだろうとジゼルは推測した。自身の服を譲るのだから、ライナーがピエールにとって大事な子なのは間違いがない。

「王位の継承権を持つ子どもが私一人だけという状態は不安定だから、お父様が王族の務めとして他の女性との間に子を成すことは否定しないわ。何しろお母様が亡くなられてからもう十二年ですものね。……でも、お父さまが懇意にされている女性がおられるなんて知らなかった。ライナーの年齢から考えるとかなり前からお付き合いされていたようだけれど、その方はどちらにおいでなの?」

 黒い髪はともかく、ジゼルはこの国で黄金色の瞳を持つ者を見たことがない。もしかすると父の相手は外国の女性なのだろうか。そう思いながら尋ねると、

「……私が懇意にしている女性、か……」

 柔らかく笑っていたはずの父が表情を一変させた。彼の眉間にはくっきりとした皺が刻まれる。

「ジゼル。私が今までに愛した女性はコリンヌただ一人だ。よって私の子もジゼルただ一人しかいない。合わせて言っておくがコリンヌも同じはずだよ。ここは重要なところだから、きちんと覚えておくように。いいね?」

「あ……はい。ごめんなさい、お父様」

 父の雰囲気に押されて神妙な顔つきで頷いたジゼルだったが、なんだか妙に生々しい話をされた気がする。小さく頭を振って考えないようにして、ジゼルは背筋を伸ばして口を開いた。

「……では、ライナーは一体どこの子? どうして私の弟なの?」

「いい質問だね」

 再び笑みを浮かべ、ピエールは言う。

「確かにライナーは私の子ではない。ただし、この王家と無縁の血筋というわけでもないんだ。覚えているかな、ジゼル。お前は昔、ライナーと会ったことがあるんだよ」

 未だ一言も発しないライナーは初めからずっと微笑んでいるが、ジゼルが顔を向けたときに一瞬だけ体を固くした。今は顔もわずかに青ざめている。ジゼルは、せっかくなら赤い色の頬を見たいのにと思った。この可愛らしい顔立ちの少年の頬が朱に染まればきっと可愛だろうなと。

 その途端、ジゼルの脳裏によぎる姿があった。

 |あ《・》|の《・》|と《・》|き《・》青ざめた顔をうつむかせていた彼は、ジゼルが挨拶すると顔を赤らめてくれたはずだ。まさか、と思いながらジゼルは目の前の少年を見つめる。

「ええと……おはよう。今日もいい天気ね」

 なんとか当時の挨拶を思い出して言ってみると、少年はぱっと顔を輝かせて答えた。

「おはようございます。とても気持ちがいいですね」

 少年の頬に血の色が戻って来た。赤く染まった愛らしい顔を見ながらジゼルは思い出す。

 そう、確かに、ジゼルが彼と会うのは初めてではない。

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  • 花の国の女王様は、『竜の子』な義弟に恋してる ~小さな思いが実るまでの八年間~   3.ジゼルの義弟、ライナー

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